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ひめゆり隊の校章、自決の浜辺で見つかる

太平洋戦争末期の沖縄戦で主に傷病兵の看護にあたった「ひめゆり学徒隊」女学生の校章が、隊員が集団自決した沖縄県糸満市の荒崎海岸で発見された。

 犠牲となった隊員の校章が確認されたのは初めて。白いユリをあしらった校章は64年前の隊員の悲劇を静かに物語っており、6月、同市の「ひめゆり平和祈念資料館」に展示される。

 荒崎海岸は1945年6月21日、学徒隊を構成していた県立第一高等女学校(一高女)の隊員7人、教頭1人ら10人が米軍に追いつめられて手榴(しゅりゅう)弾で集団自決した場所。


 戦後64年がたち、当時を知る元隊員は少なくなっている。資料館の普天間朝佳(ちょうけい)・学芸課長(49)は「戦争体験者がいなくなる時、校章は隊員の無念さを伝える何よりの資料になる」と話している。


 ひめゆり学徒隊の足跡を伝える「ひめゆり平和祈念資料館」は今年、開館20周年を迎えた。生き残った元学徒らによる証言が来館者の心をとらえてきたが、高齢化で当初の28人から17人に減っており、展示内容の充実に力を入れている。

ひめゆりの塔で有名な「ひめゆり平和祈念資料館」何度か足を運びました。

 若い、女の子ばかりのひめゆり学徒隊だけに、哀れさが余計に募ります。

64年の時を超えて、見付かった校章は、何を伝えようとしているのでしょうか。

 ひめゆり学徒隊 

1945年3月の米軍の沖縄上陸前、沖縄師範学校女子部と県立第一高等女学校から動員された女学生222人で構成。沖縄県南風原(はえばる)町の陸軍病院壕などで傷病兵の看護にあたった。全隊員のうち123人と付き添いの教員13人が、砲弾や集団自決で命を落としたとされる。

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